理学療法士として多くの人に寄り添ってきた竹内さん(仮名・62歳)。MCI(軽度認知障害)と診断された後も、仕事や暮らし、これからの願いを手放さずに歩む日々を伺いました。
更新日:2026.09.14
● この体験談のポイント
もの忘れに最初に気づいたのは、ご本人ではなくご主人でした。大学病院での検査を経てMCIと診断された竹内さんは、不安を抱えながらも理学療法士の仕事を続け、工夫を重ねながら「自分らしい毎日」を守ってきました。治療を始めて2年。忘れることが増えても、行きたい場所があり、続けたいことがある——そんな竹内さんの歩みをご紹介します。
「自分では、何も問題ないと思っていました」。長年、理学療法士として多くの人の体と心に寄り添ってきた竹内さんは、そう静かに振り返ります。もの忘れに最初に気づいたのは、ご本人ではなく夫でした。「病院に行った方が良い」。声が大きく、少しぶっきらぼうにも聞こえるその言葉の奥には、妻を心配するやさしさがありました。竹内さんはその言葉を受け止め、大学病院でMRIやPET検査を受け、2023年10月、現在通う病院を紹介されました。
MCI(軽度認知障害)という診断を聞いた時、胸によぎったのは祖母の記憶でした。認知症だった祖母は、孫の自分には優しかったものの、家を出て田んぼや谷に落ちてしまうこともあり、家族はいつも気を張っていました。「大変になるのかな?」。その不安は、遠い過去の出来事ではなく、自分のこれからに重なって見えました。一方で、90歳を超えた今も頭がしっかりしている母の姿もあります。長年家計簿をつけ続けてきた母の毎日の積み重ねを思うと、人は日々の習慣に支えられて生きているのかもしれない——竹内さんはそう感じています。
MCIと聞くと、もう以前のようには暮らせないのではないか、と不安になる人も少なくありません。けれど、竹内さんの日々は診断後も大きく途切れたわけではありません。診断された後も理学療法士として仕事を続けました。
竹内さんが理学療法士を志したのは、幼い頃から脳性麻痺のある親族を身近に見ていたことがきっかけでした。理学療法士として仕事を始め、大阪で脳性麻痺のある子どもたちのリハビリに携わっていた時、忘れられない光景があると言います。母親が、自分より大きいほどの子どもを背負い、折りたたんだバギーや着替えを入れた大きなバッグも抱えて、駅からの長い階段を下ってくる姿です。「子どものためには、ここまでできるんだ。なんとか助けてあげたい」。その思いが、竹内さんの仕事の原点になりました。(※後に、お母さんたちは働きかけてエレベーターを設置いただくことができました)。
地元に戻ってからは、病院やクリニックで、小さな子どもから高齢者、スポーツでけがをした若い人まで、幅広い患者さんと関わってきました。1時間のリハビリの間、竹内さんはできるだけ患者さんと話すようにしていました。体の状態だけでなく、その人がどんな生活をしているのか、それによりどんな筋肉を使っているのか、身体の状態を知りたかったからです。
MCIと診断されてからは、患者さんと会話をしながら、関節の角度や痛み、可動域の変化を覚え、後でカルテに残すという、以前は自然にできていたことに、少しずつ工夫が必要になりました。竹内さんはいつもメモ帳を持ち歩き、必要なことをその場で書き留めました。急いで書いた数字が自分でも読みにくいこともありました。それでも、「メモしておかないと、リハビリ前後の評価ができず、リハ後の変化点がわからないと患者さんへの説明ができなくなる」と、取り組んでいました。
治療をはじめて、もうすぐ2年になります。通院先の病院では、医師やスタッフが気さくに声をかけてくれます。「ここが良くなっているよ」と医師から言葉にしてもらえることもあります。その一言が、また来ようと思える小さな支えになっています。大きく何かが良くなったという実感はないといいます。それでも、これまでと大きく変わらず過ごせていることは、大切な手応えです。夫からは「ちゃんと寝ないと病気が進む」と言われます。言い方はぶっきらぼうでも、その言葉の奥には、自分を見守ってくれる存在がいるという安心があります。
17歳の娘が最近、手話を習い始めました。竹内さん自身も昔、手話を学んでいましたが、長く使わないと忘れてしまいます。「まだ娘には負けられない、がんばろう」、と一緒に手話サークルに通っています。肩や手の痛みもあり、竹内さんは定年を待たずに退職しました。日中、一人で家にいる時間が増え、少し寂しさを感じることもあります。これまでは釣りも魚さばきも料理も得意な夫が夕食を作ってくれていましたが、今は竹内さんがその役目を担っています。夫の休みの日は畑仕事に行ったりしています。普段は本を読んだり、近くの施設にボランティアに行く日々です。これまで多くの方の体を支えてきた経験は、仕事を離れた今も、竹内さんの中に生き続けています。
「夫が定年を迎えたら、二人で日本全国を旅したい」、竹内さんはそう話します。もの忘れが増えても、まだ行きたい場所があり、触れ合いたい人がいて、続けたいことがあります。そのひとつひとつが、竹内さんの毎日を照らしています。
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