親の変化に気づいたとき、家族はどう向き合えばいいのか。
今回は、千葉県出身の土井さんの体験を紹介します。
更新日:2026.01.01
● この体験談のポイント
母のもの忘れに気づいたとき、土井さんの中に浮かんだのは「きっと、まだ大丈夫」という思いでした。それでも違和感が重なり、調べるうちに「MCI(軽度認知障害)」という言葉を知ります。
“早めに動けば、対策ができる”
それは大きな希望へとなりましたが、母から返ってきたのは強い拒否。そんな母の気持ちが動いたのは、「MCIだとしたら、今の状態を保てるかもしれない」という一言でした。MCIだとわかることで、できることがある。それは私たち家族にとっても、大きな安心感と希望へとつながりました。
最初のきっかけは、ほんの小さな違和感でした。母に送ったはずの誕生日プレゼントを、「まだ届いていない」と言われたのです。配送記録を確認すると、確かに受け取っているはずでした。
そういうこともあるよね、とその場は笑って流しましたが、胸の奥に小さな引っかかりが残りました。それでも、「まだ大丈夫」と思いたくて、その違和感に目を向けないようにしていました。
その後も、約束した日を間違えたり、同じ話ばかり繰り返したりと、気になることが続きました。それでも一人暮らしはできていますし、買い物や料理にも大きな問題はありません。
「年齢のせいかもしれない」と思いたい気持ちと、「もしかして」という不安が少しずつふくらんでいきました。
ガスの火を消すのを忘れてしまうことが何回か続いたあと、思い切って母に
「もの忘れ外来に行ってみない?」
そう口にした瞬間、母の表情が固くなりました。
「私がボケてるっていいたいわけ?」
その一言に、私は言葉を失いました。
母はもともと、認知症予防には人一倍気をつけてきた人でした。社交ダンスに通い、地域のサークルにも積極的に参加し、人と会い、体を動かし、頭を使うことを大切にしていました。「家にこもるのが一番よくないのよ」と、よく言っていたほどです。
けれど、コロナをきっかけに外出を控えるうちに、少しずつ人と会う機会が減り、いつしかサークルにも行かなくなりました。あんなに社交的だった母が、いつのまにかすっかり外出を億劫がるようになっていたのです。
それまで気をつけてきた母だからこそ、「認知症かもしれない」と言われることは、これまで自分なりに努力してきた時間そのものを否定されるように感じたのだと思います。私もそれ以上強く言うことができませんでした。受診を勧めることが、母の頑張りまで否定してしまうように思えたからです。
それでも、このまま何もしなかったらという怖さは消えませんでした。心配する娘としての気持ちと、踏み込みすぎてはいけないという迷いのあいだで、何度も言葉を飲み込みました。
それでも、このまま何もしないわけにはいかない。
どうしたら、母を傷つけずに伝えられるだろう。
悩んでいたときに知ったのが「MCI (軽度認知障害)」でした。
それまで私は「認知症か、そうでないか」の二択でしか考えていませんでした。けれど、認知症には前段階があり、早めに行動することで改善や維持の可能性もある。
これなら、母を説得できるかもしれないと思いました。
ネットで見つけたMCIのページを母に見せながら、
「認知症には前段階があるんだって。もしそうなら、今の状態を保てるかもしれないって。5年後も今みたいに暮らせたらいいと思わない?」
そう伝えると、母は少し考えてから、
「この先もずっと同じでいられるなら、一度、話を聞いてみたい」
と受診に前向きな言葉を返してくれたのです。
母がMCIと診断されてからは、定期的に病院で診てもらえていることが、母自身だけでなく、私たち家族にとっても大きな安心につながりました。
時々母が通院を忘れてしまったり、「今日は天気が悪いから行かなかった」と言ったりすることもあり、戸惑うことが全くないわけではありません。それでも、やみくもに心配し続けていた頃に比べれば、「今、できることがある」と思えるだけで、不安の重さは確実に軽くなりました。
何よりも、母が以前より少しずつ外出するようになり、声が明るくなったことが本当にうれしくて、受診できてよかったと今はしみじみ実感しています。
親に声をかけるのは怖いものです。傷つけてしまうかもしれませんし、関係が変わってしまうかもしれません。でも、あのとき何も言わなかった未来を思うと、きっと今より後悔していたと思います。
もし「親のことが少し気になる」と感じる方がいたら、その気持ちをどうか見過ごさないでほしいと思います。
早めの受診は、家族と本人の不安を小さくするための第一歩です。
MCIだとわかることで、早めに対策を考えることができる。
その安心感を、ひとりでも多くのご家族に届けられればと思います。
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